←前
贈与経済としてのハッカー文化
トップ 次→
評判のさまざまな相貌

7. ハッキングのよろこび

 ついでに言っておくと、この「評判ゲーム」の分析をするからといって、 別に美しいソフトを設計してそれをうまく動かすことの芸術的な満足を軽んじたり、 無視したりするつもりはない。ぼくたちみんな、こういう満足は経験しているし、 そのために生きているようなとこさえある。そういうのがだいじな動機に なっていないような人間は、そもそもハッカーになったりはしない。ちょうど、 音楽を好きでない人間が作曲家になったりしないのと同じことだ。

 だったら、職人気質の純粋なよろこびが主な動機となっているハッカー行動の モデルを考えたほうがいいのかな? この「職人気質」モデルは、 職人気質発揮機会最大化とその結果の最大化を達成する手段としてハッカー慣習を 説明できなくてはならない。これは、「評判ゲーム」モデルと対立したり、 別の結果を示唆したりしているだろうか?

 そうでもない。「職人気質」モデルを検討すると、結局はハッカー社会を 贈与文化のように動かしている制約条件と同じ問題に戻ってくることになる。 品質をはかる尺度がなければ、品質を最大化なんかできないだろう。 希少性の経済が働かないなら、仲間内の評価以外の尺度なんかありえないだろう。 どうも、職人気質文化はけっきょくのところ、評判ゲームを通じて組織されるしか ないんじゃないか —— そして中世ギルド以来の多くの職人文化では、 まさにこの力学が機能しているのがうかがえるんだ。

 ある重要な一点で、「職人気質」モデルは「贈与文化」モデルより弱い。 それだけでは、この論文のきっかけとなったそもそもの矛盾は説明できない。

 最後に、「職人気質」的な動機はそれ自体として、ぼくたちが考えたがるほどは 評判ゲームからかけ離れたものじゃないかもしれない。自分の書いたみごとな プログラムが引き出しに鍵をかけてしまいこまれていたらどうだろう。一方、 それがうまく使われてみんなに喜ばれていたらどうだろう。 どっちのほうがきみとしては満足だろうか?

 とはいっても、職人気質モデルは捨てないでおこう。それは多くの ハッカーにとって直感的にわかりやすいし、個人行動のある面は すごくうまく説明してくれるから。 [HT]

 この論文の初版を公開してから、匿名の評者がこう述べた。 「意図的に評判を得ようとして作業はしないかもしれないけれど、 でも評判というのは仕事をちゃんとしていれば、本当に利益をもたらす真の 見返りなんだよ」。これは細かいが重要なポイントだ。評判インセンティブは、 職人がそれを認識しているかどうかによらず、機能し続ける。だから究極的には、 ハッカーが自分の行動を評判ゲームの一部として理解しているかどうかによらず、 かれの行動はそのゲームに左右されることになる。

 ほかの反応としては、同業者の中での名誉という報酬とハッキングの喜びが、 生活維持に必要な水準以上になっているということを、人間の動機づけに関する アイブラハム・マズローの有名な「価値のヒエラルキー」モデルと関連づけている ([MH])。 この観点からすると、ハッキングの喜びというのは自己実現ないし 高次ニーズであって、低次のニーズ(たとえば肉体的な安定性や「帰属感」や 同業者の中の名誉など)が最低限は満たされない限り、一貫性を持った形で 表明されることはないのだ、ということになる。だから評判ゲームは、 ハッキングの喜びがまさに個人の主要動機となれるような 社会的文脈を提供するにあたって、とても重要なものとなるかもしれない。


←前
贈与経済としてのハッカー文化
トップ 次→
評判のさまざまな相貌